愛と心情-真のお父様が今伝えたいこと

神様の心情を訪ねて・・・。

この記事の内容を逆手にとって出現している存在が世界を混乱させているサタンのミクロコスモスです!

先回記事末部より


夜の神様の創造原理がプログラムされた心情エネルギー、いわゆる神様の御霊と表現される聖霊の働きにより、被造世界は創造されました。その創造の目的として神様の息子娘である人類始祖が誕生する時、神様から独立した創造目的を指向させる作用体が出現するのです。


それまで夜の神様の意志と心情のもとで作用していた神様の御霊(聖霊)が、アダムの生心によって作用する霊体肉体の形象的個性真理体を構成するようになり、夜の神様から独立して存在する作用体となるのです。


ですから、私たちは聖霊(神様の御霊)の働きにより存在し、生かされて活動していますが、夜の神様から独立した作用体として、私自身の霊体として存在するようになっているという事です。


慈雲さんから次の質問をいただいていましたが、今回の記事はそれに対する答えにもなっています。
聖霊と、お父様の御言でいう“良心”とはどのような関係があるでしょうか?
私は聖霊についてまだよくわからないため、漠然とした質問ですみません。
“良心”は、私を常に善の方に導く小さな神様だという御言があったと思います。


良心の指向する善が、聖霊にプログラムされた原理と一致し、その心情エネルギーを発動させている夜の神様の意志と心情と一体となる時に、良心は私を導く神様になるということでしょう。昼の神様に管理されることとなります。


  *****


先回記事に引用した創造原理の最後の項目を、再び引用します。


第一章 創造原理 第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界(三)肉身と霊人体との相対的関係
生心と肉心との関係は、性相と形状との関係と同じく、それらが神を中心として授受作用をして合性一体化すれば、霊人体と肉身を合性一体化させて、創造目的を指向させる一つの作用体をつくる。これが正に人間の心である。人間は堕落し、神を知ることができなくなるに従って、善の絶対的な基準も分からなくなったが、上述のように、創造された本性により、人間の心は、常に自分が善であると考えるものを指向する。このような心を良心という。しかし、堕落人間は善の絶対的な基準を知らず、良心の絶対的な基準をも立てることができないので、善の基準を異にするに従って、良心の基準も異なるものとなり、良心を主張する人たちの間にも、しばしば闘争が起こるようになる。善を指向する心の性相的な部分を本心といい、その形状的な部分を良心という。


原理講論を手に取って創造原理の最後のページを開いてみて下さい。まさに創造原理の結論として、「創造目的を指向させる一つの作用体をつくる。これが正に人間の心である。」と書かれているのです。


夜の神様が愛する対象を出現させるために構築した、創造原理という構想理想を実現させるために、喜びを得たいという衝動力から、無限なる心情エネルギーを発動させました、その「エネルギー自体(万有原力)が形態を与える存在」(亨進様のみ言)なのです。神様の御業を展開する見えない手足となります。


創造の御業を進めたそのエネルギー(万有原力)は、神様の愛で主管されているからこそ「心情エネルギー」と表現しているのです。エネルギーに組み込まれた創造原理のプログラムは、神様の愛によって構築されたプログラムであるからこそ、すべての万物に神様の愛と心情が込められているのです。


原理講論には、神様と被造世界の関係が次のように説明されています。


第一章 創造原理 第一節 神の二性性相と被造世界(二) 神と被造世界との関係
ここにおいて、二性性相を中心として見た神と被造世界との関係を要約すれば、被造世界は、無形の主体としていまし給う神の二性性相が、創造原理によって、象徴的または形象的な実体として分立された、個性真理体から構成されている神の実体対象である。すなわち、万物は神の二性性相が象徴的な実体として分立された実体対象であり、人間はそれが形象的な実体として分立された実体対象である。それゆえ、神と被造世界とは、性相と形状との関係と同じく、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横など、二性性相の相対的な関係をもっているのである。


「神と被造世界とは、性相と形状との関係と同じく、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横など、二性性相の相対的な関係をもっているのである。」


神様の創造物である全ての個性真理体は、創造し終えたら神様との関係が切れてしまうのではなく、永遠に心情エネルギーによって存在する力を得ます。地上界の万物は時間の流れにより、消滅しても、それを形成していたエネルギーは、再び別の万物を創り出します。それら全てに神様の心情が込められ、愛によって主管されているがゆえに、神様と被造世界は、人間の心と体と同じく、聖霊の働きにより人間の体における神経系のように繋がり合っているのです。心情が込められたエネルギーであり、神様は常にそれを真の愛で主管されているがゆえに、神様の御霊の働きとなり、聖霊の働きと言えるのです。


私の生心と霊体は、神様から独立し、自由と責任において自立していますが、私を存在させ成長させ生かしてくれているのは、神様の愛によって主管されている聖霊の働きによるものです。ですから、私の喜びも痛みも苦しみも、神様は同じように感じ取っているのです。他の全ての人々の心も同様です。夜の神様と私たちが本然の相対基準を結べるようになる時に、そこに真の愛のネットワークが繋がるのです。


それがミクロコスモスを形成します。



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