愛と心情-真のお父様が今伝えたいこと

神様の心情を訪ねて・・・。

まず、統一教会幹部たちが心を蝕まれ、今も無知なままのさばっている状況を知らなければなりません!

先回記事末部より


洗礼ヨハネの失敗により、自らアベルの位置に立たざるを得なかったイエス様に、カインとしての12弟子が自然屈服して一体となりました。それゆえに、イエス様は霊的な真の父となり、霊的な真の母としての聖霊が臨むようになりました。それが、ペンテコステです。聖霊が臨むようになった原点は、神様と人類の為に生命を捧げ切ったアベルと、そのアベルの前に絶対信仰・絶対愛・絶対服従で自然屈服したカインの一体化です。もっと奥深く隠されていた本質的原点こそ、天使の協助とイエス様のみ言による、女性たちの回心だったのです。


それ以降、11弟子の信仰と心情と意志を受け継ぐ宣教師や牧師たちが、世界伝道を展開し、アベルカインの一体圏を拡大することによって、キリスト教は世界的に拡大してきました。以来2,000年の歳月にわたり、「霊的な真の父母の為の基台」は世界的に広がり、霊的な真の父母となられたイエス様を信じる者には、聖霊が臨むようになったのです。


さて、聖霊がイエス様を信じる者に臨むようになった出発点にある要因が分かりましたから、次は何故に統一教会から聖霊が離れざるを得なかったかの説明になります。それは次回記事で・・・。


  *****



2,000年にわたるキリスト教による「世界的メシヤの為の基台」の結実として、お父様は1920年に再臨主として聖誕されました。原理を解き明かし、蕩減復帰原理を見出して個人路程を勝利され、1945年に公生涯を出発されました。にもかかわらず、洗礼ヨハネの使命で立てられた者たちが、お父様を再臨主として受け入れませんでした。


2,000年に及ぶキリスト教伝道による「世界的アベルカイン一体化の基台」がサタンに奪われたのです。2,000年にわたる蕩減条件が奪われましたから、キリスト教を失った再臨主を信じる者には、この歴史的蕩減条件が背負わされるのです。


韓国キリスト教に立てられた洗礼ヨハネが、お父様を再臨主として受け入れていれば、聖霊はどのように働けるのでしょうか。より実体的な一体感をもって、一人一人の信徒に臨めるようになるはずでした。「霊的真の父母の為の基台」の上に立って、実体の真の母を迎えた真のお父様の聖霊として働いてくるからです。お父様の生心に臨在された神様として、実感としての心情圏で働きかけてくるからです。だからこそ、キリスト教徒には何よりも先駆けて「夜の神様、昼の神様」のみ言を語り、神様と再臨主と聖霊の関係を明確にしてあげなければならなかったのです。


しかし、「霊的真の父母の為の基台」が失われました。それは「世界的なアベルカインの一体圏」を失ったことになります。そこで聖霊が臨むために重要になるのが、アベルカインの問題の克服なのです。再び基台を造り直すその前には、歴史的蕩減という分厚い壁が立ちふさがるのです。その障壁は、どのような形で現れるのでしょうか。それぞれの民族において、国を形成するために争われる権力闘争があり、勝利を得たものの権威主義があります。その権力に、キリスト教は伝搬されるほどに迫害を受けてきたのです。おびただしい殉教の上に築かれた「霊的真の父母の為の基台」でした。


堕落ゆえに権力を欲しいままにしてきた人間への讒訴条件が、キリスト教を失った再臨主を信じる者には突き付けられ、特に位置的にアベルに立つ幹部たちには激しく現れるのです。


日本の幹部たちにも、韓国の幹部たちにも、何処の国であろうが、アベルの位置に立たされる者には、その民族と国が背負ってきた歴史的蕩減が襲い掛かるように背負わされてくるのです。


真のお父様を再臨主と信じる者には、越えがたい歴史的蕩減が背負わされアベルカイン観を崩してくるのです。アベルカイン観が崩れることによって、霊界と地上界に現象化する事象について、私たちは思考する感性さえ失っていたのです。聖霊がイエス様を信じる者に働くようになれたのは、キリスト教徒のアベルカインが、一体化して築いた「霊的真の父母を迎える為の基台」があったからです。


このことを理解した上で、統一教会信徒が背負わざるを得なくなった歴史的蕩減により、統一教会のアベルカイン観がどのように崩されたのかを、私たちは見定めなければなりません。



お父様の心情に迫りたい方はクリックを
↓ ↓ ↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭平和協会へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

×

非ログインユーザーとして返信する