愛と心情-真のお父様が今伝えたいこと

神様の心情を訪ねて・・・。

「天の父母様」と崇める家庭連合には「真の愛の起源」が分からず不倫の愛も真の愛になる!

先回記事末部より


「それで、キリスト教では、千年前のおじいさんたちも「天のお父様」と言い、万年後の子孫たちも「天の」何と言うのですか?(「お父様です。」)お父様です。」

このように語られたすぐ後に、次のように語られています。


「それでは兄弟の関係ではないですか?はっきりと天のお父様と呼んで、このような心情的一致圏の関係を結ぶためには、その因縁を知らなければなりません。」

真のお父様はキリスト教を低い意味で語られているのではなく、千年前の人間も、万年後の人間も神様を「お父様」と呼ぶのだから、過去に生まれた人間と未来永劫に生まれてくる人間とは兄弟なんだと語られているのです。


そして「はっきりと天のお父様と呼んで、このような心情的一致圏の関係を結ぶためには、その因縁を知らなければなりません。」と語られて、過去の人間も未来の人間も兄弟姉妹となる心情一致圏の関係が結ばれる因縁が何なのかと語られたみ言が後半になるのです。


四大心情圏が、神様の構想を立てる過程で発想されるに至る由縁を語った、とてつもなく意義深いみ言だと、私は感じています。


  *****


先回解説した前半のみ言に続き、後半の解説に入ろうと思いますが、その前段階として記述していきたいと思います。


「はっきりと天のお父様と呼んで、このような心情的一致圏の関係を結ぶためには、その因縁を知らなければなりません。」


ここで真のお父様が語っている心情一致圏の関係とは何かと言えば、過去未来永劫に渡って、人類は兄弟姉妹だという事です。真の父母様を中心として息子娘となり、その息子娘は兄弟姉妹だという事です。そのような心情一致圏の関係を結ぶためには、その因縁を知る必要があるというのです。その因縁について、真のお父様が語られた後半のみ言ということになります。


   **(後半)引用**


なぜですか?どのようにしてそうなるのですか?心にも女性的な心があるので、神様の男性的な心と女性的な心を通して関係を結ぶようになり、一体的関係となったその位置に立つようになるとき、天のお父様と天の息子、娘が生じるのではないかということです。分かりますか。


ですから、息子を中心として見るとき、神様はお父様であると同時にお兄様にもなり、わたしの女性世界の相対圏を助けてくれる夫となる相対的条件を持っているのです。その相対的条件が、わたしと関係を結ぶのは難しいので、アダムのあばら骨からエバを抜き出したのです。分かりますか?


二性性相の形象的実体女性分野を中心として抜き出し、アダムと同じ形の主体対象関係なのです。エバには、性相的プラス内容があるので、自然に連結させる関係が結ばれるようになっています。因縁において関係が結ばれるように、男性と女性になっているのです。


ですから、初めて永遠の関係を結ぶのが、夫婦の因縁であるということを知らなければなりません。夫婦関係です。


子女というのは何ですか?子女と言うのは、神様ご自身の完成を願う相対存在です。分かりますか?神様が上下関係と因縁を持とうとすれば、下が喜ぶようにして、初めて上が喜ぶのです。


  **引用終了**


どうでしょうか。真のお父さんが語られている意味が分かるでしょうか。伝わってくるでしょうか。特に、最も重要なこの部分です。


・・・「ですから、息子を中心として見るとき、神様はお父様であると同時にお兄様にもなり、わたしの女性世界の相対圏を助けてくれる夫となる相対的条件を持っているのです。その相対的条件が、わたしと関係を結ぶのは難しいので、アダムのあばら骨からエバを抜き出したのです。分かりますか?」・・・


・・・「二性性相の形象的実体女性分野を中心として抜き出し、アダムと同じ形の主体対象関係なのです。エバには、性相的プラス内容があるので、自然に連結させる関係が結ばれるようになっています。因縁において関係が結ばれるように、男性と女性になっているのです。・・・


読む方それぞれの神様との関係の度合いによって、全く違う受け取り方になると思いますし、真のお父様の語られたこととして、意味不明のままに納得した気分になっている方もいると思います。


天聖経の「宇宙の根本」には、「男性と女性だけを連結させては愛が成り立たない。」という、次のみ言が掲載されています。


「愛は、男性と女性だけではできません。男性と女性は、ただ二つの存在です。男性と女性だけを連結させては愛が成り立たないというのです。男性と女性を総合して、中心に立って動かすものが愛です。それでは、男性と女性が和合して愛を中心として動くことがどこから始まったのかといえば、神様の二性性相からなのです。男性性稟と女性性稟が和合したものを相対的に展開させたのです。それで神様は、自分の愛の相対が自分より優れていることを願われるのです。」


男性と女性が出会ったからと言って、自分の愛は生じても、そこに永遠普遍の愛は生じません。ここで語られている「愛」は、真の愛です。その真の愛を中心として動くことが、神様の二性性相から始まったとあります。でも、神様の二性性相を理解したからと言って、「真の愛」は理解できないのです。


このみ言の9段落後に、次のみ言があります。


「男性の愛と生命の起源はどこですか。神様でしょう。二性性相の中和的主体であると同時に愛の根本であるお方が神様です。『原理講論』に「真の愛の起源」という言葉を入れなければなりません。「真の愛の起源が神様だ」という言葉を入れなければならないというのです。『原理講論』を修正することができる主人公は私しかいません。それを知っていますか。」


それでは「原理講論」に「真の愛の起源」という言葉を入れると、どのように変わるかという事です。


「真の愛の起源」を明確にするために語られたみ言こそ、「夜の神様、昼の神様」です。


創造原理の「第一節 神の二性性相と被造世界(一)神の二性性相」の解説は、次のように結論付けられています。


「このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。」


中和的主体の中和の意味は、これまで調和・和合などの、一体となり統一体となっている事が主となっていました。しかし、夜の神様が「無の暗闇の状態」と表現されてから、中和の次の意味が重要になってくるはずです。


「互いに対立する性質をもつものどうし(正負、陰陽など)が作用しあい、それぞれの属性が打ち消し合うことをいう。」つまり、調和・和合の上での無の状態です。


本性相本形状の陰陽が打ち消し合いながらも、心情の永遠普遍の存在となっていた神様は、真のお父様が「神様には愛が無い」と語られた、内的な愛によって存在していました。


天聖経 第二章 神様と創造の役事 : 二 人間を創造された目的
愛について語るとき、神様にそのようなものはありません。神様が造られた創造物にはありますが、神様にはそのようなものはありません。あったとしても心の中に内的にあるのであり、形として表れることはありません。それで何をするのでしょうか。それが誰にあるのかというと、人間であるアダムにあり、エバにあります。ですから神様よりも、もっと貴いものを人間がもっているということを知らなければなりません。」


統一思想で言えば「前エネルギー」です。対象に働きかける前の、自存するためのエネルギーです。


その自存する為の前エネルギーである内的な愛から、神様自身が「愛により生まれた」と実感し、愛し合う対象に対する愛の衝動が爆発した時、自らの内的な愛は、対象に対する「真の愛」となったのです。これが「真の愛の起源」です。そこに、四大心情圏による構想理想が立てられる由縁があるのです。全ては、神様が愛により生まれたと実感し、真の愛の神様が誕生したその時に、全ての因縁の始まりがあるのです。



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